みなさん、こんにちは。
今日、1月17日は「防災とボランティアの日」です。
平成7年に発生した阪神・淡路大震災に由来する、私たちにとって決して忘れてはならない日ですね。
ちなみにこの記念日、1月17日だけで終わりではありません。
実は前後の1月15日〜21日は「防災とボランティア週間」とされていて、全国で啓発イベントや点検の呼びかけが行われる期間でもあるんです。
こういう“点検しやすい口実”が用意されているの、地味にありがたいですよね。
カレンダーを見ると、9月1日にも「防災の日(関東大震災)」がありますが、年に数回こういった節目があることは、非常に意味のあることだと感じます。
なぜなら、こうした日は、日常の中で忘れがちな「防災」について、改めて真剣に向き合う大切な機会を与えてくれるからです。
今回は、そんな防災の日にちなんで、少し懐かしくも、当時は本気でヒヤッとした私の「防災訓練」の思い出話を少しさせていただこうと思います。

防災意識と日頃の備え

本来、防災意識というのは特定の日だけでなく、365日、常日頃から持っていなければならないものです。
頭では分かっています。ですが、人間どうしても日々の仕事や生活に追われていると、その意識は薄れてしまいがちですよね。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないですが、平和な日常が続くと、どうしても危機感は遠のいてしまう。
だからこそ、こういった記念日が巡ってくるたびに、「ハッ」とさせられ、気が引き締まるのです。
「備えあれば患いなし」
使い古された言葉ですが、いざという時は、普段からの準備だけがモノを言います。
皆さんは、非常持ち出し袋の中身の期限切れチェックや、家族との避難経路の確認、されていますか?
懐かしの防災訓練と「憧れ」の存在

さてさて、大人になってからはめっきり縁遠くなってしまいましたが、小中高の学生時代は定期的に「防災訓練」という学校行事がありましたよね。
「ジリリリリ!」という非常ベルのけたたましい音と共に、授業が中断。
普段はお尻の下に敷いてペチャンコになっていたり、椅子の背もたれになっていた「防災頭巾」を引っ張り出し、埃っぽい匂いを嗅ぎながら頭に被って校庭に集合した記憶。皆さんにもあるのではないでしょうか。
当時、私の通っていた学校では、この防災訓練の最後に、全校生徒が注目するメインイベントがありました。
それが「避難シューター(救助袋)」を使った脱出訓練です。
3階の教室の窓から校庭に向かって伸びる、あの白い筒状の滑り台のようなもの。
風を孕んでボワッと膨らむその姿は、子供心になんとも言えないワクワク感がありました。
しかし、これがなんと、小学校6年生だけが体験できる特別な訓練だったのです。
小学校時代の無念:目前で消えた楽しみ

まだ給食のゴールデンカレーの辛口を食べて「辛い辛い」とヒーヒー言っていた小学1年生の私。
校庭の隅から、上級生たちがシューターで颯爽と滑り降りる姿を、不謹慎ながらもキラキラした目で見ていました。
「すごい、あんな高いところから!」
「楽しそう、早くやってみたい!」
そんな純粋な憧れを抱き、自分が最高学年の6年生になるのを指折り数えて待っていたんです。
そして待つこと5年。ついに私が小学6年生になりました。「やっとあの滑り台ができる!」と胸を躍らせていたのですが……。
私を待ち構えていたのは「校舎の大規模改築工事による、避難シューター訓練の中止」という、あまりにも無慈悲な仕打ちでした。
校舎全体が灰色の養生シートに覆われ、シューターを設置するはずの窓は鉄骨の足場の奥へ。
これはショックでした。本当にショックでした(あくまで子供心ですので、どうか許してください)。
あんなに憧れていた空中滑走が、工事の騒音と共に幻となってしまったのです。
歴史は繰り返す?中学校でのリベンジ

小学校で避難シューターの訓練ができなかった無念を、心のどこかに抱えたまま中学生になった私。
ですが、なんと中学校にもあったんですよ。あの避難シューターでの脱出訓練が!
「今度こそ!」と思いましたが、これもまた、中学3年生だけの特権でした。
私は再び2年間の待機期間に入ります。
しかし、歴史は繰り返すと言いますか……神様のいたずらでしょうか。
私が中学2年~3年の時に、またしても学校で大々的な校舎の改築工事が始まったんです。
「まさか中学校でもお預けか!?」
「俺は一生、あの筒の中を滑ることはできないのか?」
絶望しかけましたが、なんと今回は工期がズレてギリギリ間に合いました!
あの憧れの避難シューターの訓練ができる!と、受験勉強のストレスも吹き飛ぶくらい喜んだのを覚えています(本当にごめんなさい、不謹慎で)。
垂直落下!?予想外の恐怖体験

いざ、念願の訓練当日。
私が小学生の時に下から見上げていた脱出シューターは、校庭に向かってなだらかに、滑り台のように斜めに伸びていました。
「あれを滑るんだな」とイメージトレーニングは完璧です。
しかし、中学校の3階の窓から身を乗り出した私の目の前にあったのは……
ほぼ、垂直に垂れ下がる白い布の柱。
「……まじか」
一瞬でワクワクが恐怖に変わりました。
だって、私の知っている避難シューターは「シューッ」と滑り落ちるものなんです。
それが垂直って、それは「滑る」じゃなくて「落ちる」ですよ。フリーフォールです。
中学3年の、これから高校受験を控えたデリケートな時期の生徒に「落ちる」なんて体験させちゃダメでしょ!
いやいや、そういう縁起の問題じゃない。
え? マジで?? これ物理的に大丈夫なの?
でも先に飛び込んだヤツらは下から出てきてる……どういう構造??
頭の中が高速回転してパニックになっている間に、自分の番が来てしまいました。
先生に促され、意を決して、いざその垂直の穴へ身体を入れると……。
「うわあぁぁ!」とストーンと落ちる……のではなく。
ゴワゴワした厚手の布が全身にまとわりつく感じで、適度な摩擦を感じながら、ゆっくり、ゆっくりと落ちていくんです。
外の景色は一切見えず、ただ妙に白い世界(布しか見えない)の中で、身体が螺旋(らせん)状に回るのを感じました。
「ああ……中はこうなってんだ……」
守られているような、不思議な安心感に包まれたのを覚えています。
未知の体験が「パニック」を防ぐ

今振り返ってみると、あの時の「上から見た垂直に落ちる恐怖」と、その後の「中は螺旋状になっていて安全に降りられるという安堵」のギャップこそが、本当の訓練だったのだと思います。
もし、この訓練を経験せずに、本番の火災などでいきなりあの「垂直の穴」を目の前にしたらどうだったでしょう?
きっと「こんなの飛び込んだら死ぬ!」と恐怖で足がすくんで動けなかったり、躊躇している間に煙に巻かれたりしていたかもしれません。
「見た目は怖くても、中は安全にできている」
「どういう感覚で落ちていくのかを、身体が知っている」
この経験値があるだけで、いざという時のパニックを大きく減らすことができます。
子供心にはアトラクション感覚で楽しんでいましたが、あの「白い布の世界」の体験と布の感触は、確実に私の防災意識の一部になっています。
うんちく:なぜ「防災」と「ボランティア」がセットなのか

ここで、記事タイトルにある「ボランティア」側のうんちくを少しだけ。
阪神・淡路大震災では、発災直後から全国各地の学生さんや社会人が被災地に駆けつけ、炊き出しや物資の仕分け、泥かき、片付けなど、ありとあらゆる支援が一気に広がりました。
この出来事をきっかけに、1995年は「ボランティア元年」と呼ばれるようになったんです。
そして「防災とボランティアの日」は、そうした教訓を踏まえて、災害時のボランティア活動と、住民の自主的な防災活動の大切さを改めて考える日として設けられました。
さらに、先ほど触れた通り、1月15日〜21日は「防災とボランティア週間」。この期間に合わせて講習会や展示などが行われるのも、「思い出した人から点検していこう」という、かなり現実的な設計だと思います。
「ボランティアって、特別な人がやることじゃないの?」と思う方もいるかもしれません。
でも、もっと小さく考えていいんです。
・家の中で危ない物の固定を見直す
・非常持ち出し袋の期限切れをチェックする
・家族と連絡方法を決めておく
これだって、立派に“防災のボランティア”だと思います。
自分と家族の被害を減らせば、その分、助けが必要な人へ支援が回りやすくなる。
災害時って、こういう「連鎖」が強いんですよね。
まとめ:記憶を教訓に変えて

そんな子供時代の少しほろ苦くも貴重な防災訓練の思い出を振り返ってみました。
避難シューターに限らず、消火器のピンを抜く感触や、非常ベルの音の大きさ、避難経路にある段差など、「知っている」と「やったことがある」の間には大きな壁があります。
今日は防災とボランティアの日。
当時の記憶を懐かしみつつ、大人になった今だからこそできる「備え」について、改めて見直してみたいと思います。


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