「人を動かす言葉の技術」を読んで

雑記
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社会人をやっていると人に仕事を依頼するケースも増えてくる。「お願いしておいてなんだけど、なんでこうなちゃった?」ってケースよくありませんか?逆にお願いされた仕事を提出したら、「どうしてこうなるの?」と怒られたケースよくありませんか?能力のある人でもこういう事は経験があると思います。なんでこうなるのでしょうか?

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意思疎通のロス

仕事を依頼する事とは、こちらの意図を相手に伝え理解してもらい、相手に仕事をしてもらいその結果を受け取る事だ。

意図とは依頼する側が期待する結果であり、仕事の内容であったり、方向性であったり、期日が含まれる。

人・・・と言うより生き物は脳内のイメージを丸ごと相手に転送する事が出来ない。五感と言うインターフェースを用いて相手とコミュニケーションをとる訳だが、これが意外と曖昧だ。人の場合は主に目と耳を使って、他人と意思の疎通を行う。音声、文字、絵だ。ここに落とし穴が存在する。

まず依頼する側で情報が欠落する

まずの依頼側が脳内のイメージを出力する際に大量のデータが欠落している。そもそも脳内でイメージしきれていない曖昧なものか?と言うとそうでもなく、脳内で具体的にイメージしていたとしても、詳細な部分は端折られている事が多い。大体忙しい現代社会において、事細かにすべてを網羅するくらいに言語化する事は不可能なのかもしれないし、それなら自分でやった方が早いと言う事もあるであろう。なんにしても仕事を依頼する側、これくらい伝えればあとは期待通りの結果が得られるだろうと考えるのが普通だ。

依頼される側で正しく復元されない

次に依頼される側が受け取ったデータ(文字、言葉、絵)から、相手の脳内にある「期待する結果」を自分の脳内に復元する。ここでもエラーが発生する。抽象的な言語や言葉を正しく脳内で変換できない事がある。「正しく」はその人の脳内では「正しく」変換できているのだが、相手のイメージと一致していないと言う事。

これは当たり前なんです

こういったコミュニケーションの中での細かいすれ違いは日常社会においても往々にして起きている。と言うか日常茶飯事なのだ。その細かいズレを細かく軌道修正しながらバランスを取りながらこの社会は成り立っている。成り立っているのだが、そこは忙しい現代社会です。その時間のロスすら勿体ないと思えるくらいに忙しく生きる現代人。そんな小さな事でストレスを感じたりしたくないですよね。出来る事なら正確にこちらの意図を伝えたい。ズレは0にならないけど限りなく0に近づけたい。そう考える人が多いと思います。

アクション言語

「なんで理解できないんだ!」と嘆く前に、自分が出力している言葉や文字を見直してみようよ!と言うのが、本書「人を動かす言葉の技術」の一番言いたい事なのかと思います。

形容的な表現から動ける言語へ

何かを表現する時、とかく形容的な表現を使いたがるものです。「シンプル」「多い」「少ない」「簡潔に」など、酷いものになると「いい感じに」などもあります。これらの言葉から相手の脳内に正しくイメージを復元できるとしたら、その人のクローンしかいないでしょう。でも、こういう人・・・あなたの身近にもいますよね。

形容的な主観が入っている言語で相手に伝えるのではなく、具体的な行動で相手に伝える。それが本書に書かれている「アクション言語」です。なるほど、具体的な行動として伝えるなら「何をすれば良いのか」は正確に伝えられそうです。

たとえば「シンプル」

よく仕事でも、「ちょっとこの提案書をシンプルにまとめておいて!」なんて言葉を耳にする事が多いと思います。シンプル?さっぱりさせれば良いの?と思ってレイアウトを整えて持っていくと、「違う違う、ごちゃごちゃと細かい事が書きすぎなんだよ」なんて怒られるケースもあります。仕事を依頼する側もストレスですし、仕事を頼まれる側もストレスですよね。

「シンプル」を「この中で優先順の高い1つだけにして」と言い換えて伝えたらどうでしょうか?いたって具体的な行動指示になります。まぁ、持ってこられた資料に対して「え?なんでこれが一番優先度が高いの?」と言う事になりそうですが、作業の食い違いによるロスよりも有意義な議論が出来そうです。

考える力とは

この様な指示の出し方では「相手の考える力が育たないのではないか?」と思う方もいるのかな?と思ったりもします。しかし、正しい手順と行動を教えるのは決して悪い事ではないのかなと思います。さきほどの「シンプル」と言う言葉も、「シンプル」とは「何をどうする事」が「Aさんの脳内にあるこのケースのシンプル」と「Bさんの脳内にあるこのケースのシンプル」が一致していれば問題ない訳です。それは「考える力」とか関係ないはずです。完全なクローンが存在しないのであるならば、ある一部だけでも思考回路が同じな人を教育していき、より簡潔な言語で思考が伝わる様にするのが本筋でしょう。

最後に

お互いに違う事を言っているのに、お互いの脳内で都合よく復元され、そのズレを笑いにする芸風。アンジャッシュですな。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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